青海老まんが日記

おぼろげな記憶を頼りに漫画の思い出/感想文が書かれる

【第三十五回】月明星稀 ―さよなら新選組 ~打ち切りの悲しさ~

※今回の記事から、タイトルにささやかな感想を試験的に導入します

 

概要:

 盛田賢司著。全十巻。

 

あらすじ:

 土方歳三が主人公の新選組もの。打ち切り

 

感想:

 話の内容は、いつもの盛田節です。熱血猪突猛進型の主人公が気合と根性で全てを解決するパターンの話。いっつもこうなんだよね、何書いても

 新選組ものなので、話の内容はイメージ通りです。切って切られて、坂本龍馬が出てきて、裏切り者が出て、隊の規律が厳しくて。そんなところです。あるあるですね。

 そして打ち切り。この上なく打ち切り。なんでだよ! これからじゃねえかという苦情を言いたい。十年以上前だけど。

 なんかこの人打ち切りが多いイメージなんだよね。そんなに多くはない気もするけど、なんとなくこっちがすっきりしない終わり方の作品が多いイメージ。

 絵はめちゃめちゃ上手い。はっきり言って、スポーツでも時代物でもなんでもござれ。馬だって書いてやらァ。でもクレムリンだけは勘弁な、って感じの筆力です。迫力がハンパないのよ。躍動感も。ただ、現代受けしない気もしますけど、個人的には超好みなのよね。ホント。実際原作付きの作画も結構多い。これに関しては「タッチアップ」とかはおすすめかな。若干尻切れ感あるけど。

 ただ、ストーリーが毎回残念過ぎるきらいがある。何故だ。何故その画力を生かせないのか。推しすぎる。

 ストーリー、テンプレによりすぎてるきらいがあるんだよね。はっきり言えば、古い。個人的には好きなストーリーが多いけど、絶対一般受けしないだろうみたいな作品が多すぎる。なんというか、生々しく薄っぺらい作品が多いのよ。

 例えばこの新選組にしても、色んな登場人物にいろんな過去があるのは分かる。でも全部いつかどこかで見たものの焼き直しに見えるんですよ。どこかの歴史小説か、あるいは作者の同じ作品か。

 特に主人公にその傾向が強すぎる。はっきり言って、次に打ち切りになった剣道漫画も全く同じような主人公なんですよね。時代と背景は違うにせよ、なんらかのコンプレックスを背負っていて、それを根性で解決する。しかも顔もほぼ一緒。スターシステムかよ。

 いいのよ、別にそれでも。あだち充なんかと同じやり方かもしれない。しかし、あだち充との最大の差分は何かというと、全く時代を掴んでいないということではなかろうか、と思う。自分が書きたいものを書いている感じ。八十年代の暑苦しさ。ちなみに個人的には超好きなのよ。80年代のサンデーとか今あったら絶対買うね。買う買う。

 でも、それを混ぜ込んで現代風にしないと売れない。悲しい話よ。ホント……

 

 返す返すも、個人的には趙好きな漫画家の一人なんです。単行本も、チューロウ・アイラブユー・しっぷうどどう・ブルーダーも……全部持ってるのだ! 誰か何とかしてくれ!

 

青海老

小説を書くことは一体何の意味があるのだろうか (前編)

 突然ですが、私、小説を書いております

 

 仕事柄、どんなことでも「なんで?」と聞かれ、そして答えなくては断罪されるのでここいらで一つ整理しようかと思います。

 

 本日のお題「何のために小説を書いているのか

 

 人によって、いろいろ理由はあるかと思います。生計を立てるため、書くのが楽しいから、何かを発表したいから、書かなくてはおちつかないから……などなど。

 

 はっきり言って、理由を一つに絞るなんて不可能かつ無意味だと思っているので、ビシっと「Hogehogeの為!」と結論は出ません。悪しからず。

 でも、生きてるってそういうことじゃありません? 例えば、「なんの為に今日晩御飯食べますか?」って聞かれて、一言で返せる人怖くないですか? そりゃあ「生きるため」とか「栄養摂取」とか、そういう返し方は出来るかもしれないけど、理由が単一だとは考えづらいし、そもそも「生きるため」って返しのレベル感はあまりにおおざっぱ過ぎると思うんですよ。合コンで好きなタイプ聞かれて、「う~ん、優しい人かな」って言われるくらい意味がない発言だと思います。至言ではあるけど。

 と、言うことで大事な順にバラバラと理由を述べていきますね。

 

一、誰かに思いを伝えたいから

 

 「超おおざっぱだな~」と思った方、私もそう思います。でも、これが一番大事なんじゃないですかね。何かを伝えたい、そのための一つの手段として書く。そういうことなんです。

 例えば、私の人生のテーマに「適当に見切りをつける」ということがあります。結構これは真理だと思っています。話せば長くなるのですが、一言で言うと「人間できないことはある」ということです。

 いや、人間には無限の可能性があるということは知っています。出来ないことはない。想像できることは、全て実現できる。私もそう思っています。でも、我々が持っている才能なり時間というのは限りがあり、ある種の夢想を実現するのには全く足りない、ということはあります。

 例えば、私は昔から忍者になりたいと思っています。今でも若干思っているのですが、これは私の人生ではほぼ達成不可能な目標になりつつあるというのが現状です。なぜなら、現代では忍者なんていない(と思われている)から。(と思われている)と書いたのは理由があり、これも話せばウルトラ長くなるので割愛します(いつか話します)。まあ議論の余地なく忍者になるのは難しいです。どうやってなるのかもわからないし、そもそも忍者ってナンだ、という話があるからです。

 もし忍者になろうとすると、いくつかのステップを踏まなければいけません。需要の確保とか修行とか。はっきり言って、気が遠くなります。人生長いですが、達成できる気がしないし、才能も足りていない。だから、はっきり言って諦めています。だから適当に見切りをつけました。諦めたんですね。

 じゃあ諦めなかったらどうなっていたか。多分、無職のプーさんになっていたと思うんですよ。別に悪いとは言いませんが、もうちっと良い人生を歩めたな~と思って毎日過ごすわけですよ。

 

 ここまで書いて気づきました。例え悪すぎる。ちょっと例を変えます。

 

 例えば、ここにプロ野球選手になりたい高校球児がいるとします。いや、レギュラーとして試合に出たい、でもいいです。でもその選手は補欠だとします。なぜか、それは同じポジション(サードだとしましょう)に、趙高校級の選手がいるとします。打てばイチロー守れば小坂、走る姿は鈴木尚広という選手です。

 そしてここでどういうアドバイスをするべきか。それは「さっさと諦めてポジション変えろ」です。

 あったり前のこと言うな! と言うかもしれません。でも、本人は気づかないんですよね。自分の能力が足りないから、努力が足りないから。そう思い込んでしまうんですよ。不思議なことに。

 でも実際はそうじゃない。足りないのは、見切りを付ける心なんです。レギュラーになるのが目的。プロ野球選手になるのが目的。なら、さっさと違うポジションに移ってさっさとレギュラーになればいい。もっと言うと、レギュラーになって試合に出たいだけなら部活を変えたっていい。そういう巨視的な視野をみんな持っているはずなのに、なぜか自分の話になるとそれが実行できない。実行できないことに気づいてすらいない。私はそれを伝えたいんです(他にも伝えたいことは沢山あるんですが、今日はこういう主張です)。

 でも、本人に直接「ポジション変えろ」って言っても反発をくらうこと必至ですし、仮に伝わっても一人にしか伝わらない。もっと多くの人に伝えたい。

 それとなく、でも心にしっかりと落ちる手段として、物語って美しいし適切だと思っています。あと、どちらかというと出来そうな気がするから。映画とか漫画とかは少しキビしい。

 だから私は小説を書いています。そういう話でしたね?

 

 ちなみに、忍者の話からどう繋げたかったかといいますと、さっさと忍者になるの諦めて、小説とか漫画を描いて、その中で忍者を活躍させればい~じゃない、という方向にシフトしたということを言いたかっただけなんです。無視してください。

 

 長いな……。どこかで続き書きます。

 

青海老

 

 

【第三十四回】ピンポン

概要:
 松本大洋著。全五巻。

 

あらすじ:
 ありあまる卓球の才能を凡庸な公立高校で消費しようとする二人のプレイヤーのライバル・サクセス・ストーリー

 

感想:

 あらすじで書いた話、本当ですが全部嘘です。私の解釈では、この物語の主人公は佐久間君です。異論は随時受け付けますし、なんなら明らかに間違っている。

 それでも、私が佐久間君推しなのは、こうなりたいけどこうなりたくないという気持ちの現れに他ありません。それを紐解いて整理しないと、この先生きていけない気がしてきたので、ここで取り上げておきます。

 

 まず、佐久間君についてこうなりたい点。こうなりたい点って言うとワケわからんし、極めて抽象的と言うか日本語として間違っているので修正すると、「羨ましい点」と、「格好いい点」に大別されます。

 まず、「恰好良い」から。それは目標に向かって真っすぐ進めることに集約される気がします。卓球で成功する、その前に目の前のやつを全員ぶっとばす、それはペコも含めて。そういうことに全力を注げる思いの強さ、それが羨ましいのです。

 自分も瞬間的な馬力はある方でしたが、油断すると立ち止まってしまう性質(と書いて、タチと読む)でした。そうしたときにピンポンを読んでは、鋭気を養っていたものです。つまり、昔ピンポンを読んでいた理由は何よりも誰よりも必死な佐久間を見ることにより、自分のダメさ加減を自覚して、推進力を獲得することです。極論言うと、これに尽きた(実は孔文革という中国人留学生が才能の天井を見つめるシーンもめちゃめちゃ好きだったりするが、それはまた別の話)。

 そして「羨ましい点」について。それは自分を信じてあるかないか分からない才能を死ぬ気で磨き続けて、それで駄目だとハッキリと自覚した点です。格好いい点と被るとお思いかもしれませんが、これははっきりと羨ましいんです。人間、どれだけ努力したつもりでも、まだ出来た、あるいは方法を変えればまだ俺は出来る、そう思いがちな気がします(私だけか?)。なんとなく中途半端に過ごしてきたから、何事も諦めきれないんですよね。スポーツ、勉強、異性、なんでもそうです。どこかしら後悔が残って、それで身動きがとれなくなる。結果として、その後は毎日をその日その日のタスクに支配されることになります。目標がその日その日を支配するというのはいい言葉で、まさに今私は目標ブレブレなのでワケわかんねーものに支配されています。誰か助けてくれ。

 だから、目標に支配されて、そしてその目標に対して「駄目だった」と結果を出した佐久間が羨ましい。私はなかなか、そう結論が出せなかった。性質のせいか。きっぱりと結論を出せるのはすごか。

 ソウイフヒトニ、ワタシハナリタイちうのが佐久間君なんですな。

 

 一方で! 佐久間君になりたくないという点もあります。あんまりないけど。

 大きいのは、「才能もないのに磨かなければいけなカルマを背負った」ことです。これはマジしんどい。絶対やりたくない。なぜなら、さんざんやってきたから。佐久間君と同じ失敗をさんざん繰り広げてきた自分ですが、そろそろ幸せになってもいいんじゃないでしょうか。

 え、努力しても強くなるだけで、楽にはならないって? グレッグ・レモンかよ。勘弁してくれよ。ただ一筋の幸せの尻尾が、ちょっと欲しいだけなんです。助けてくれ。

 ここからの学びは、自分で良いタイミングで見切りをつける必要があるということ。高校球児にありがちなミスですね。見た瞬間そのポジション・なんなら野球すら向いてないなって選手は腐るほどいます。何のためにやってんのお前、みたいな選手。

 でも、才能ってのは磨いてみなきゃわからないのもまた事実で。行き詰った時は磨き方を変えるか、あるいは違うものを磨くか。

 今私は磨くのをやめてしまっている状態なので、非常に良くない。

 アニメ版ラストで、佐久間が卓球以外で成功しているのを見て涙が出ましたよ。

 

 ピンポンを読んで、自分を見つめなおそう! という話でした。もう一度言いますが、佐久間推しです。どうぞよろしくお願い致します。

 

 とりあえず狂ったように小説を書き進めます。ブログでもいいけど。何かを磨くのだ。

 

青海老

 

 

【第三十三回】花田少年史

概要:一色まこと著。全4巻(ワイド版)。

 

あらすじ:ひょんな事故から幽霊が見えるようになってしまった一路少年が、次から次へと出てくる湧いて出てくる幽霊共と事件を解決していくハート・ウォーミング・ストーリー!

 

感想:あらすじがアオリ文みたいになってしまったが、気にしないことにする。事実だから。

 

 いやもうね、ボロ泣きですよ。マジで。何回読んでも、は言いすぎだけど二回に一回くらいは泣いているんじゃないでしょうか。ロッキーで言えばクリードくらい感動するね。方向性全く違うけど。

 絵が見やすいのよ。シンプルで、それでいて大胆で……というと食べ物の話してるみたいか? デビュー直後の荒々しさと、ピアノの森の線の細さのちょうど間ぐらいの時期。別にどれがいいとかじゃないけど、この作品だとこの絵が一番合っている、と思える。要は進化し続けてるんかいね。

 話も、シンプルで分かり易いのよ。悪い奇のてらいかたをせずに、オーソドックスに固めて。このへんはデビュー作とか初期短編集の流れをくんでていい感じよね。ジブリで言うとおもいでぽろぽろなんだけど、もうちょい共感し易いのね。なんでだろか。

 多分ね、出てくる人出てくる人みんな必死だからなのよ(まあ必死つーか死んでるんだけど)。童貞の東大生とか、真面目過ぎるそろばんの先生とか。みんなもう必死。

 あとね、死人ってズルいのよ。なんか私という受け取り手が壊れてるのかもしれないけど、死んでるってだけで全部五割増し。QあんどAとか、まじめな時間とか。感動五割増しです。なんか、自分の力ではどうにもできなくなってきたところからうっちゃりかけなきゃいけないのもいいのよね。諦めなきゃいけない、でも諦められないって感じが生きてる人間より濃くでてる感じ。それがなんとも言えない。なんとなく、死んでも……という気になる……

 

 ならんならんならん! まだ死なんよ! どうせ死ぬなら陽気なギャングになってからね。話はそれからよ。

 

 後は過去の幽霊が結集してパワー出すシーンは無条件で最高です、と。説明の必要はあないね。

 

 そして適度な後日談と、線路は続くよ~的なラストシーン。引きとしては最高よね。物語って、完全に閉じちゃうよりもちょっと開けといてくれた方がなんとなく嬉しいのは私だけでしょうか。姫川明作品でいっつも思うけど、ガノンドロフ倒すと寂しくなっちゃうのよね。なんででしょうね。

 

 どうでもいいけど、クリードちゃんと見ろよ! その時はロッキー4くらいまでちゃんと見てから見るんだぞ! それ以降は別に見なくてもいいけど。それくらいはちゃんと見てくれ! じゃないと分かり合えん!

 

青海老

読みづらいブログの改善方法について

 別に誰に言われたわけではないですが、私のブログが読みづらいのは知っています。理由も分かっています。せっかくなんで改善しようと思いますが、これもせっかくなので読者諸兄に改善方法をお伝えしようと思います。ついでですしね。
 と思ったら、死ぬほど長くなってしまった。お手すきの際にお読みいただければ幸いです。

 

 

私のブログは読みづらいので、改善します

ブログが読みづらい

  1. メッセージが定まっていないから

     そう、メッセージが定まっていないんです。何故なら気の向くままに書いているから。

     時間があるときにペンをとり(キーボードに向かい)激しく指を気の向くままに動かした挙句、パッカ~ンとEnterを打鍵して全世界に恥をさらすというスタイルで運営したいんです。ブログぐらい、私の好きなように書きたかった。さながら日記にように……。

     ちなみに、別で日記も書いているのですがこれは自分だけのものです。当然個人名がバカスカ出てくるので、人に迷惑がかかること必至なんですよね。あと特定が怖いのと、コンフィデンシャル的にアレなので。本業はコンフィデンシャル的にかなり厳しい会社におります。

  2. 構造化されていないから

     一応構造化についてつらつらと述べますが、基本的には「具体化」と「理由」です。これが全てです。ところがこれが難しいんだなァ。つらつら漫然と書いていると、まず実行できません。

     何故か。それは我々は補足とか蛇足が大好きだからです。つまり、一つの構造の中に整理できそうもない情報を詰め込もうとしているわけですね。言い換えれば、書きたいことを書きたいように書き散らしているわけです。言い方は汚いですが、公開マスター・ベーションのようなものです。よほどの物好きしか見ないんです。なぜなら、見づらいから。

     え? 構造化されていないのに人気のあるブログが山ほどあるって? そう、それもまた事実です。人のマスター・ベーションを見たくてたまらない人はいるんです。だって、アダルト・ビデオでもそういうの売れてるし、多分芸能人のそれが発売されたらみんな我先にと飛びつくでしょう。多分。

     でも、それは限られた、人を惹きつけることのできる才覚あるいは話題性を持ったor作り上げた人だからやっていいことであって、平々凡々な我々は、少なくとも見やすくして食べやすいように仕立て上げる必要があるってことです。

  3. 誰に対する読み物なのかが明確でないから

     この項目、実は書き上げてほっと一息ついてから思い出しました。
    会社とかのプレゼンだと明確に対象者がいるのですが、ことブログに関しては誰に向けた読み物か自分で設定しなければいけません。それも記事毎に。なぜなら、それによって魅せ方も変わるからです。極端に言えば、日本語を知っている人と知らない人に対してだと、明確にアプローチが変わりますよね? 日本語を知らない人に対しては、インド映画よろしくでないと伝わりません。踊るのだ。

改善する方法は三つある

  1. メッセージを定める

     そう。何のために、何を伝えるかということが分からなければ、人は話を聞いてくれないし、自分でも何を書いているんだかわからなくなるものです。もっとも、それが最高に気持ちいい瞬間もあるし、思っても見ないことが自分から出てくるという可能性を振り切ってしまうかもしれませんが……。

     でも、合コンとかでは、やっぱり話を聞いてもらわなければ始まりません。どんなに素晴らしいことを心の中で思っていても、それが分からなければ、うさんくさい根暗なオタクで終わってしまうのです。記憶にすら残りません。そしてブログでもそれは同じか、あるいはそれ以上に厳しいのです。何故なら、敵はネットの海に無限に存在するからです。比較対象となりうるコンテンツは、世の中に無数にあります。それを肝に銘じてください。

  2. メッセージを分かり易く、正確に伝える

     分かり易く伝えること・正確に伝えることに対するアプローチは同じです。構造化ハイライト、及びルールに乗っ取ることです。

     構造化については、最初に述べましたね。「具体化」と「理由」です。ブレット(レベル感)を下げたときに、この構造になっていることが徹底されている。これが構造化です。私がここでつらつらと述べても仕方が無いので、下記リンクの「考える技術・書く技術」を買って読んでください。ちなみにリンク張るのは面倒なんで全く好きではないのですが、ルールに乗っ取るということで仕方なく貼ります(訂正:そのうち貼ります。バーバラ・ミントのやつ)。

     高すぎるとか、意味あんのかとかいう意見に対して。まず高すぎるというのは事実。でも、三食くらい抜けば買えるでしょ? 最悪図書館で借りちゃってください。意味あんのかについては、どういう読み方をするかに起因するのですが、大手外資コンサルの新入社員の必読書であることを考えると、それなりに意味はあるんじゃないでしょうか。いけ好かないかどうかはともかく彼らは構造化のプロですので。

     ハイライトについて。簡単には、言いたいことを太字or大きくするとかです。色変えるとかも有効かもしれませんが、私はスレイヤーズ世代ですので、あかほり流ではこんなもんで対応可能かと。

     ルールに乗っ取ることについて。これは書く媒体によって全くことなります。

     でも共通するのは、読み手の頭に入り易いようにするということです。プレゼンなら、フォントを統一するとか。(日本語の)小説なら、ちゃんと右から縦書きで書くとか。ブログなら、改行を多くして飽きないように写真を入れるとか。正直ブログを始めて間もないので、そのへんのルールを良く把握していません。多分参考になるサイトor書籍は腐るほどあるので、どれか好きなのを使ってください。イケダハヤト氏のなんかいいんじゃないですかね? 知らんけど。

  3. 対象者を明確に定める

     これは明記する必要はないと思っています。自分から間口を狭めることはありません。二十代子持ち限定ブログ! なんてそんなのないでしょう。子育てに悩む人と、それを面白おかしく、あるいは共感しながら見守る人。いろんな人に見せてあげればあいいじゃありませんか。減るもんじゃないし
     でも、それと対象者を設定しないのは全く別問題です。なぜか。それは読みづらいから。それに尽きます。例えば、我々は子供向けの絵本でも気合をいれれば楽しめます。でも、桃太郎の途中でいきなりインド映画風に踊りだしたり、フランス語で書かれたりすると読む気はなくなります(面白そうではあるけど)。万人に対して分かるように、というのは不可能です。だから、特定の誰かに刺さるように書くべき、というのが私の考えです。そういう風に書けば、仮に想定大賞の読者でなくても楽しめるはずです。読み方が分かるからね。

今後は改善していく……つもり

  1. 今までは全くやる気はなかった

     なぜか! これは最初に書いた通りひたすらにマスター・ベーションをしたかったからだ。正直読者の数なんかどうでもいいと思っていた。書きたいことを書きたいように書く。それが私のジャスティス、なんて格好つけていた。まあそれが最高に気持ちいいんだけどね。

  2. 上記の方法を実行することで改善する気概

     なぜか! それはブログをやっている理由が、公開オナニーから誰かに物事を伝えることにシフトしていったからです。つまり、書いてるだけでは満足できなくなってきたということです。そのためには、読んでもらわなくては始まらない。そのためには、読んでいただけるように工夫しなければならない。そしてその方法もある程度はわかっている。だからやらない理由はない。それだけです。

  3. 徹底はできない

     とは言っても、やっぱり構造化とかメッセージの明示とかは凄く疲れる。だからあんまりやりたくない。正直本業の辛さから逃れるために始めたブログなので、本業とやってることが変わらなくなるのはしんどいです。

     だから、出来る範囲で出来ればな、という感じです。体とココロ潰しても仕方が無いので。
     例えばここまでお読みになった方はお分かりだろうが、写真が全くないのである。3,000文字overで写真がない記事は果たして読みやすいだろうか? 私は全くそうは思わない。でもダルいから載せない。それだけです。ごめんなさい

 

まとめ

  • 種々の理由により私のブログは見づらいが、理由も改善方法も分かっている
  • 構造化・メッセージの明示・ルールに乗っ取ることを行うことで、ブログは格段に見やすくなる
  • 色々と改善するつもりはあるが、徹底はできない

 

 ……ほら! これでいいんだろ! 本業と変わらねえじゃねえか! ウンザリだ! 疲れたよ!

 

青海老

 

 

 

ブーン系と私の青春のようです(1/2)

 初めに言っておきます。この記事長いです。なぜなら独断と偏見で青春の全てをぶつけるから。

 

 まずブーン系とは何か。例によってリンクは飛ばさないが、wikipediaなりなんなりで各自調べていただければ幸いです、、、ではあまりに不親切なんで、ざっくりと解説したいと思います。

 

 一言で言うと、アスキーアートを利用したネット小説です。最近の若い世代の為に、AAって言わずにあえてアスキーアートと表現しました。

 え、AAでも分からない? こういうのだよ、こういうの!

 

( ^ω^)ノシ「おいす~」

 

 はい、ここで間違いor違和感に気づいた方! あなたの感覚は正しい!

 そうですよね。AAっていうと、もっと長門有希とかあずにゃんとか、あるいはやる夫(こっちは専門ではないので解説はできません)とか、パソコンの画面一面に広がるものをイメージすると思います。その通り!

 ネットで文献を調べると、こういう一行(というか、数文字にも満たない)AAで展開されるネット小説は生首トークと言われていたらしいです。

 「らしい」って言ったのは、そんなこと言っていたやつあんまりいなかったから。もしかするとVIP以外では言っていたのかもしれないけど、そんなことは私の知ったこっちゃないです。

 ちなみに私は、「愛のVIP戦士」時代からのVIPPERです。後発じゃん! とか思われるかもしれない。私もそう思います。正直ヌクモリティとか知ってるか知らないか、という世代です。でも今では古参に分類されても、、、と言うと、古参の方に怒られますね。ハイ。

 

 そして違和感をまだ感じている方! そうです。まだあるんですよ違和感が!

 

 まず今私が「おいす~」とか言わせたキャラは何か。多分ここまでついてきてこれてる聡明な(あるいは、物好きな)読者諸兄は「ブーンだおwwwwww」とか、「内藤ホライズン、あれホライゾンだっけ?」といったことを胸に秘めていることでしょう!

 

 こんなキャラいねーからwwwwwwwwwwww

 

 ちなみに、私は半角の草を見ると「くぁwせdrfgtyふじこlp」とか書いちゃう特定疾患に罹患しているのでその辺は頑張ってください。ニコニコユーザーのことを「ニコ厨」とか言ってボッコボコにしてたのも私です。今では立派なプレミアム会員なので勘弁してください。だって、横浜戦見れるんですもん!

 

 先ほどのAAに関してですが、

 

( ^ω^)ノシ「おいす~」←明らかに間違い

 

( ^ω^)「おっおっお」←正解

 

 のはず! 、、、と思ったら、アルファベットを武器に~が「( ^ω^)」を採用していた。世の中わからんもんだな、、、。参考にしたのは「僕はモナー」登場の内藤君です。懐かし!

 

 さて、ここに至ってまだ何が違うか分かっていない方の為に、並べて解説して差し上げましょう。

 

( ^ω^):はじめのやつ

( ^ω^):次の奴。個人的正解

( ^ω^):最後のやつ。当然正解

 

 はじめのやつは、輪郭と目が半角なんです。これ、慣れていないとわからない感覚かもしれないけどすんごい違和感あるのよ。( ・ω・)が「ショボンだ!」って言われてるくらい違和感あるからね。誰だこいつ。モララーか?

 全編通してこれにすりゃいいじゃん、とかいうあなた! それは大いなる間違いなのである! だって、基本ブーンはデブキャラ、良くて中肉中背キャラなんです。それをあなた、下手したらツンより細くなるし、ギコと並ばせてみ、ちびるでよ、、、ゴラァ!

 最後の奴は、まあこれはこれでよし。輪郭が半角なんです。でも昔のガラケーフィーチャーフォン。空を飛ばないものだけを指す)だと全角の方が打ちこみやすかったので、真ん中の方が個人的には好みです。

 あとは、あんまり細いと輪郭と目の間に「;」とか入れると違和感凄いからね。半角にすりゃあいいかもわからんけど。

 まあ、他のキャラとの兼ね合いもあるので、、、。

 

 そしてまだ違和感を感じているあなた! 多分「西川ホライズン」なんかと混同しているのだろう! ごめん! そこまでは面倒見切れんわ!

 

 ……いかん。正直AAだけでここまで話すことが多いとは思わなかった。このまま全キャラ解説編に乗り出そうと思っていたけど、そんなことするとマジな話本一冊書けそうだな。全然書きますので、どこか出版社の方、ご要望あればいつでも書きますよ! ホントに!!! こちとら「ポケモンマスターを目指すようです」からアルファベット完結までしっかり見てんだから。それなりに語り部Aになる自信はあります!

 

 ということで、一端中断。次は私とブーン系との出会いからお話しできればと思います。wikiで予習して、作品いくつか読んでいてくれると嬉しいなぁ、、、

 

 (1/2) って書いたけど、到底終わる気がしないのは気のせいではないようです

 

青海老

 

 

【第三十二回】ひがわり娘

概要:小坂俊史著。全五巻くらい。四コマ。

 

あらすじ:主人公笹木まみ(王子的によくあるぐーたら娘)が様々なシチュでボケ続けるシチュエーションコメディ、でいいのかな?

 

感想:また小坂俊史です。おかしいなあ。他の漫画記憶にないわけじゃないけど、四コマでキレがあると言ったらやはり小坂先生になってしまうのだろう。そのうち重野なおき先生も取り上げたい。信長の忍びではなく、グッティーとかたびびととかで。

 

 ひがわり娘。脳みそ空っぽにして読める。当然シリアス味はゼロの作風(最近はそうでもないか)な人なので、気楽に気楽に。

 主人公がまたかわいーんだ。萌えとかじゃなくて、なんというか、自由奔放で。単純に見てていいな~って思える女性です。美人でもなけりゃアイドル系でもない。でもそれがいいんです。多分この作者の漫画そういう見方してる人そんなにおらんと思うけど。先生になれませんのロングヘアの子もいいよね。でもそういうのとは違うのよ。

 毎回職業と年齢がばらっばらなので、当然一話完結。読者的には「もうちょっとやって欲しい」と、「まあそろそろいいかな」の中間くらいで非常に気持ちがいい。が、作者的にこれ負担にならんのかね。

 ラジ娘の~とかボールパークの~とか、多分得意分野なら二巻くらいいける漢字なんですかね。門外漢では四コマ十本くらいでやはり限界か。

 ギャグも鉄板オチ、シュール、キャラもの等下ネタ以外なんでもござれで幅広く楽しめます。

 

 シンプルにスマートなギャグだけ楽しみたいとき、おすすめです。なんてったって、毎回全てリセットだからね。シレンも目じゃないよ。

 

 だから古本屋とかに行くと、間違えて持ってる巻買っちゃったりしたのは良い思い出。

 

 あれ、いい漫画だったんだけどなぁ。なんか記憶飛んでるというか、意外に書くことが無い。

 

青海老