青海老まんが日記

記憶を頼りに漫画の感想と思い出が書かれる


 サラリーマンがおぼろげな記憶で漫画を紹介します

 時々1秒でも早く帰るため(漫画を読むため)の仕事術も失敗談と共に紹介します

 タバタ式から辿ってきた方は、恐れ入りますがグローバルナビゲーションのロードバイクの部分から飛んでください

小説を書くことは一体何の意味があるのだろうか (前編)


 漫画も人もいい所だけを見つめよう

 突然ですが、私、小説を書いております

 

 仕事柄、どんなことでも「なんで?」と聞かれ、そして答えなくては断罪されるのでここいらで一つ整理しようかと思います。

 

 本日のお題「何のために小説を書いているのか

 

 人によって、いろいろ理由はあるかと思います。生計を立てるため、書くのが楽しいから、何かを発表したいから、書かなくてはおちつかないから……などなど。

 

 はっきり言って、理由を一つに絞るなんて不可能かつ無意味だと思っているので、ビシっと「Hogehogeの為!」と結論は出ません。悪しからず。

 でも、生きてるってそういうことじゃありません? 例えば、「なんの為に今日晩御飯食べますか?」って聞かれて、一言で返せる人怖くないですか? そりゃあ「生きるため」とか「栄養摂取」とか、そういう返し方は出来るかもしれないけど、理由が単一だとは考えづらいし、そもそも「生きるため」って返しのレベル感はあまりにおおざっぱ過ぎると思うんですよ。合コンで好きなタイプ聞かれて、「う~ん、優しい人かな」って言われるくらい意味がない発言だと思います。至言ではあるけど。

 と、言うことで大事な順にバラバラと理由を述べていきますね。

 

一、誰かに思いを伝えたいから

 

 「超おおざっぱだな~」と思った方、私もそう思います。でも、これが一番大事なんじゃないですかね。何かを伝えたい、そのための一つの手段として書く。そういうことなんです。

 例えば、私の人生のテーマに「適当に見切りをつける」ということがあります。結構これは真理だと思っています。話せば長くなるのですが、一言で言うと「人間できないことはある」ということです。

 いや、人間には無限の可能性があるということは知っています。出来ないことはない。想像できることは、全て実現できる。私もそう思っています。でも、我々が持っている才能なり時間というのは限りがあり、ある種の夢想を実現するのには全く足りない、ということはあります。

 例えば、私は昔から忍者になりたいと思っています。今でも若干思っているのですが、これは私の人生ではほぼ達成不可能な目標になりつつあるというのが現状です。なぜなら、現代では忍者なんていない(と思われている)から。(と思われている)と書いたのは理由があり、これも話せばウルトラ長くなるので割愛します(いつか話します)。まあ議論の余地なく忍者になるのは難しいです。どうやってなるのかもわからないし、そもそも忍者ってナンだ、という話があるからです。

 もし忍者になろうとすると、いくつかのステップを踏まなければいけません。需要の確保とか修行とか。はっきり言って、気が遠くなります。人生長いですが、達成できる気がしないし、才能も足りていない。だから、はっきり言って諦めています。だから適当に見切りをつけました。諦めたんですね。

 じゃあ諦めなかったらどうなっていたか。多分、無職のプーさんになっていたと思うんですよ。別に悪いとは言いませんが、もうちっと良い人生を歩めたな~と思って毎日過ごすわけですよ。

 

 ここまで書いて気づきました。例え悪すぎる。ちょっと例を変えます。

 

 例えば、ここにプロ野球選手になりたい高校球児がいるとします。いや、レギュラーとして試合に出たい、でもいいです。でもその選手は補欠だとします。なぜか、それは同じポジション(サードだとしましょう)に、趙高校級の選手がいるとします。打てばイチロー守れば小坂、走る姿は鈴木尚広という選手です。

 そしてここでどういうアドバイスをするべきか。それは「さっさと諦めてポジション変えろ」です。

 あったり前のこと言うな! と言うかもしれません。でも、本人は気づかないんですよね。自分の能力が足りないから、努力が足りないから。そう思い込んでしまうんですよ。不思議なことに。

 でも実際はそうじゃない。足りないのは、見切りを付ける心なんです。レギュラーになるのが目的。プロ野球選手になるのが目的。なら、さっさと違うポジションに移ってさっさとレギュラーになればいい。もっと言うと、レギュラーになって試合に出たいだけなら部活を変えたっていい。そういう巨視的な視野をみんな持っているはずなのに、なぜか自分の話になるとそれが実行できない。実行できないことに気づいてすらいない。私はそれを伝えたいんです(他にも伝えたいことは沢山あるんですが、今日はこういう主張です)。

 でも、本人に直接「ポジション変えろ」って言っても反発をくらうこと必至ですし、仮に伝わっても一人にしか伝わらない。もっと多くの人に伝えたい。

 それとなく、でも心にしっかりと落ちる手段として、物語って美しいし適切だと思っています。あと、どちらかというと出来そうな気がするから。映画とか漫画とかは少しキビしい。

 だから私は小説を書いています。そういう話でしたね?

 

 ちなみに、忍者の話からどう繋げたかったかといいますと、さっさと忍者になるの諦めて、小説とか漫画を描いて、その中で忍者を活躍させればい~じゃない、という方向にシフトしたということを言いたかっただけなんです。無視してください。

 

 長いな……。どこかで続き書きます。

 

青海老

 

 

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